呆丈記

呆れたものがたり

NG言語

 とある単語を聞くと熱狂的になる人たちがいる。

彼らの言っている事は、時に全く根拠のない感情論で話が進行することが多い。

 

知らぬ間に植え付けられた潜在言語に触れてしまった時、争いはそこから生まれるのである。

 

 普段何気ない会話の中で、特定の単語を変に強調したり多用したりしてくる人がいる。

おそらくそれは自身の持論を植え付けさせようとする仲間増やしのようなもの。

おどろくべきは普段積極性の無い人物が、その話題、単語が出ると途端に主体性が現れて熱意ある感情論と発展することがこわいところである。

 

 

 私はこれを一種の【洗脳】状態ではないかと思う。

洗脳と言えば、誰かが目的や悪意を持って強制的に植え付ける印象があるが、自分の意思により『絶対にこれはまちがいない』という強い信念が脳内の辞書の確定キーで決定されてしまったものは、たとえ間違っていたとしてもその間違えを受け入れたり修正したりするといった事が出来なくなってしまう、そして間違いであることを指摘されると感情的に反発し争いに発展してしまうという定番なパターンになる。

 

 

 まちがいを受け入れたり修正することは、すなわち【負け】を意味することと捉え、その指摘した人物より弱く劣っているという思考になってしまっているからではないのか?

 

会話の途中でこのような人物とわかったら、追いこみ漁のように狭めていって逃げ道を作って誘導し円満に会話を終了させるようにしてはいるが、ごくたまに逃げ道へと誘導されている事に気づき怒り出すインテリには褒め殺しで終わらせるのが得策ではないだろうか・・・