船員を残し船から降りた船長、彼がいちばん腹立たしかったのは『船を降りる』と宣言した際、船員の誰ひとりとして船長である自分を引き止めなかったことである。
そもそも船長が信頼を失ったのは、新入りの人選ミスであった。
彼は自分にごまをすり常に二つ返事で従う【YESマン】を非常に好む。
そのため既存の古参船員たちと趣味趣向性格の全く異なる人材を登用し、彼らの信頼は疑念となり失墜した。
ある時は新入りに船を乗っ取られる寸前までいった、そしてまたある時は逮捕された新入りに恩を仇で返されて濡れ衣を着せられた事もあった。
彼が船を降りてから4ヵ月もの間、残った船員たちは全員で力を合わせ【船長】をこなした。
そして皆が心から信用できる新しい仲間を船員として迎え嵐を乗り越え絆を深めた。
元船長『よぉ!俺戻ってきたよ。』
当然古参船員たちは元船長に批判的であった。
ある者は『一度船から降りたのだから船に戻るのなら便所掃除からやり直せ』と厳しい意見が飛んだ。
しかしこの船は元々、元船長が所有していた船となるとそれはそれで致し方が無いのだ。
元船長は久々に古巣である【船長室】で煙草をふかし、【船長再就任の儀】に取りかかるように甲板長や機関長たちに指令を出そうと計略をめぐらせていた。
元船長『おい誰だ!ノックもせずに!無礼者!見ない顔だなキサマは新入りか?』
新入り船員A『それはこっちの台詞だ』
新入り船員B『新入りはてめぇのほうだろ?』
新入り船員C『せっかく掃除した船長室散らかしやがってこの新入りめ!』
新入り船員D『覚悟は出来てんだろうな!』
彼らは元船長が船を降りて入れ違いで入ってきた4か月の新入りである。ゆえに面識は一切無い。
そのため戻ってきた元船長を自分たちより下の新入りとみなしている。
ある意味間違いでは無い。
元船長は新入り4人に袋叩きにされて便所掃除をさせられた。
船長室の机にはハゲ隠しだった船長帽だけがひとり取り残され、主は便器を擦る。