温和な物腰にえがおを絶やさない仏のような人も、大魔神の如く豹変し時には牙をむく。
親しき仲にも礼儀ありを忠実に守っていても、むしのいどころはわからぬものだ。
仕事で5年ほど御ひいきしていただいている80代のご夫婦のお客さんがいる。
先週末お伺いするご案内の連絡をした際に、『金曜日は一日中家におります故いつでも来てください。』とのご返答をいただいた。
私は『金曜日の午前中の訪問を予定していますが、遅くとも昼ちょっとすぎにはお伺いできると思います。』と伝え電話を切った。
当日になり午前中のお伺いが絶望的になってしまい、再度老夫婦に連絡を入れた。
電話にはおばあさんが応対してくれて『これから病院に行くので、昼過ぎで構いませんよ、おじいさんは留守番で家にいるので渡しておいてくださいな』との返答だった。
なるべく急いで私は昼ちょっと前に、老夫婦の家に到着した。
呼び鈴を鳴らしたら、インターフォンから『よくおいでくださいました。どうぞどうぞ』とおじいさんの声がしたので玄関の戸をあけた。
玄関を開けるとおじいさんが、インターフォンの子機を耳に当てたままニコニコしながら玄関に正座していた。
『なんとかお昼まえに来れました。』と言っておじいさんを見ると、鬼のような顔になっており、恵比寿様のような眼はカッと見開いてギロリと睨みつけられていた。
その瞬間に胸倉をつかまれ、玄関の扉に押し付けられた。
『なめとんかワレ!ころころはなし変えよってコラ』ドスの効いたいつもとは明らかに違う声におどろいた。
首元を絞めてきたため、私はおじいさんを思い切り押し返した。
幸いなことにおじいさんとの体格差が倍近くあったため、すぐによろけた。
おじいさんは品物を受け取らずに『ころしてやろうか』と行って家の奥に戻って行った。私は玄関に品物を置いて帰ってしまった。
翌日、連絡するとおばあさんが電話に出て『急におじいさん入院することになったのよ』との話だった。一応昨日の一連の出来事をおばあさんに話したところ、笑いながら『あの人は人一倍憶病なんですよ、結婚して一度も怒っている顔を見たことがないのよ』と全く信用していない様子だった。それを聞いてさらに驚いてしまいました。
おじいさんが家の中に戻っていったのは、体格差がありすぎてチカラではどうにもならないため、刃ものか何かの凶器を取りに行ったのかも知れない・・・・・
もしかしたら殺されていたかもしれないと思うとゾッとすると共に、おじいさんとの再会が怖いのだ。