呆丈記

呆れたものがたり

裏救世主

  拝金主義の今の日本で、金のない者が何を説いても全く説得力は無い。

なぜ人々は自らの考えで判断することを拒んでしまったのか?、一部の影響力のある者が神と称されその者の発言や発想が天からの正しい導きだと信じてやまない。

 

 

 火災時に非常口が複数あるにもかかわらず一番最初に開いた扉に群がり逃げ遅れる。

信じる者が必ず救われるというのであれば、救いを求める者が存在することに矛盾する。そして救いを求める者がなぜ信じないかを考える者はなぜか少ない。

 

 

 みんなが群がる甘い汁には裏があることがしばしばある。アリコロリに群がるアリの中には、巣に持ち帰ることへ反対して食べないように説得する者がいたとしても、これを止めさせるだけの説得力は実際に惨事にならないと難しい。

仮にわずかなリスクに怯え懐疑主義に徹してしまうと、一時的な現状は保てるが自身の進歩や周囲の発展が鈍りジリ貧になる。

しかしこのような状況下で成功者と崇められる神たちは地獄を恐れず飛び込み大成を成し遂げた。

 

 

検挙されるのを恐れて先頭を走らないファミリーカーの横を、バンバンぶち抜くスポーツカーや高級車。変な安心感に駆られあとに続けば、待っているのは悲惨な事故か検挙な事が多い。石橋を叩いて脆くしてから渡る典型的な例だろう。

 

決まりや常識を守らない者が大成功を収める割合が多いのは、大きなリスクを承知で抱えているか、あるいはそのことを知らなかったことによるたまたまの大当たりか・・・

 

川の上流から流れてくる大きな桃を、なんのためらいも無く家に持ち帰ったおばあさんも一歩間違えばゴイアニアの悪夢のようになっていたでしょう。

 

 

 しかし一番良くないのは成功者が、さも一切の努力なくして楽して大金をせしめたかのように思われている人が多いことである。

 

才能がある人はいかに効率よく少ない努力で目標に到達するかを考えるが、無能な者はいかに楽して目的を成し遂げるかという事しか頭にない。

 

 

拝金主義の今の日本で、金のない者が何を説いても全く説得力は無い。

 

 

よって誰も見ない呆丈記は説得力がない。

才能の無い作者は金も無いし魅力も無い。

 

これは満場一致で異議無し。