呆丈記

呆れたものがたり

妥協倶楽部

 ものがあふれる現代、しかしすべてのものが金さえあれば手に入るというわけではない。それなりにきぼうのものは手に入れる事は出来るが、無意識のうちに妥協していることに自覚できずにちいさな満足に搔き消される。

 

 理想の結婚相手を求め続け、四十代半ばになった女性に周囲からは「選びすぎ!少しは妥協しないと、そんな完璧な人いないよ。」との厳しい言葉が降りかかる。

帰ってきたことばの「一生に関わることなのにどうして妥協しなきゃいけないの?妥協した挙句の果てを幾度となく私は見てきたのに・・・」の返答にだれひとり口を開かず・・・

 

 

 己の過ちや不満が指摘されると、感情を荒立てて同志を募る。世界中に張られた網にかかった同志の声は大きくなりそれはやがて道理を引っ込ます。

理性は次第に野望・欲望へと変換され狂った自信に満ち溢れる。

 

 

 人に流されることは時に吉と出ることも多々ある。流されまいと下手に踏ん張れば、流れと風当たりはさらにきつくなる。流しそうめんの誰にも救われなかった麺もざるに落ちるか、地面に落ちるかでは天と地の差がある。

ざるに落ちればふたたび流される可能性ができ、誰かに救われる道が開ける。

今日が駄目でも明日がある。とりあえずのかりそめでも、いのちには変わりないのだ。

 

 

 

 

 

 

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